緑 玻璃の尖った指先はみな下方を差している。 光はその玻璃を辷りおり、滴って緑色の水溜りを作る。 一日中、玻璃の枝つき燭代の十本の指は大理石のうえに緑を滴らせる。 鸚哥らの羽――耳障りな声――鋭利な棕櫚の葉――それらも緑。 その緑の針が陽光の中で燦々と耀く。 けれども堅い玻璃は大理石のうえに滴る。 水溜りは砂漠のあちこちに汎んでいる。 駱駝どもが水溜りを蹌踉ながら通りぬけていく。 水溜りは大理石のうえに降りる。 藺草がそれを縁取る。 水草が繁茂する。 そこここに皓い花が咲いて出る。 蛙がのそのそと這いでる。 夜になれば空にある姿と少しも変わらぬ星々がそこに映る。 黄昏がやってくる。 闇がマントルピースのうえの緑を消しさる。 波立つ海面。 船は現れない。 伽藍とした空の下、目的のない波が騒ぐ。 夜だ。 尖った玻璃が青の滴りを落とす。 緑の退場。 青 潰れた鼻の巨きな生き物が水面に現れ、 ずんぐりとした鼻に並んだ孔から二本の水の柱を噴きあげる。 水の柱の中央部は青白い炎の色で、泡沫が青い小珠の房飾りのように 周囲を彩っている。 青い線が黒く厚い皮に幾筋も走っている。 口や鼻孔を水が洒うに任せ、生き物は沈んでいく。 水で重くなる。 青は体全体を覆い、磨いた瑪瑙のような眼を覆う。 浜辺に打ち上げられて生き物は横たわる。 蒙く、鈍く、ぼろぼろと乾いた青い鱗を零しながら。 その金属を思わせる青が浜辺の錆びた鉄を染めあげていく。 青は打ちあげられた手漕ぎのボートの助材の色。 一叢の青い糸沙参の下で水が揺蕩う。 何より大聖堂の傑れて、冴々として、香りを含んだ青、聖母たちの 被衣の、その精妙な青。 |
スペース23゚C 東京都世田谷区中町2-17-23 Tel&Fex03-3701-5272 2004/2/20〜3/13 展覧会を終了しました。 |
ヴァージニア・ウルフ(1882〜1941:ロンドンに生まれる。長編小説「船出」 |
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